パーキンソン病の治療には、大きく二つの柱があります。ひとつが薬による治療、もうひとつが運動やリハビリテーションです。この記事では前者、薬の話を扱います。
はじめにお断りしておきます。ここでは薬の量や、具体的な商品名、「あなたはこの薬を飲むべきだ」といった話は一切書きません。それは、あなたの症状と生活を実際に見ている主治医の先生が決めることです。この記事の目的は、診察室で交わされる言葉の意味が分かるようになることにあります。薬の仕組みと考え方が分かると、「効いている感じがしない」「この副作用は言ってもいいのだろうか」といったことを、自分の言葉で伝えられるようになります。それが治療の質を確実に上げます。
薬は「足りないドパミンを、外から届ける」ための工夫
第1回でお伝えしたとおり、パーキンソン病では脳の黒質でドパミンを作る神経細胞が減り、線条体に届くドパミンが不足します。治療の薬は、この足りないドパミンを補ったり、その働きを助けたりすることを狙っています。
ここで、ひとつおもしろい問題があります。ドパミンそのものを飲んでも、脳には届かないのです。脳には、余計な物質が入り込まないよう守る関所のような仕組み(血液脳関門と呼ばれます)があり、ドパミンはこの関所を通れません。
そこで使われるのが、レボドパという物質です。レボドパはドパミンになる一歩前の材料で、こちらは関所を通ることができます。脳に入ったあとにドパミンへと変わり、不足を補う——これがパーキンソン病治療の根っこにある発想です。この仕組みが見つかったことは、パーキンソン病の歴史を変えた大きな出来事でした。
そしてこの発想を軸に、「ドパミンの代わりに受け手を刺激する薬」「ドパミンが分解されるのを抑える薬」「レボドパが脳に届く前に無駄に使われてしまうのを防ぐ薬」など、役割の違う薬が組み合わせて使われます。次から順に見ていきましょう。
治療の中心にある「レボドパ」──そして長年の誤解
レボドパは、いまもパーキンソン病治療の中心にある薬です。動きにくさやこわばりに対して、もっとも確かな効果が期待できるとされています。実際、第3回でお伝えしたように、この薬にはっきり反応するかどうかが診断の手がかりにもなるほどです。
なお、レボドパは単独ではなく、体のなかで無駄に分解されてしまうのを防ぐ成分と組み合わせた形で使われるのが一般的です。そのほうが、脳に届く量を効率よく確保できるからです。
ここで、ぜひ解いておきたい誤解があります。「レボドパは長く使うと効かなくなるから、できるだけ後に回したほうがよい」——この考え方を、どこかで耳にした方は多いのではないでしょうか。かつては実際にそう語られていました。
しかし現在、この考え方は支持されていません。整理されてきたのは、時間の経過とともに現れてくる変化は、薬のせいというより病気そのものの経過による部分が大きいということです。ですから、症状で生活に支障が出ているのに、薬を我慢して先延ばしにする理由はありません。動けない時間を長く過ごすことは、それ自体が体力や筋力を落とし、活動範囲を狭めてしまいます。
ただし——ここは大事です——いつ、何から始めるのが良いかは、年齢や症状のタイプ、仕事や生活の状況によって変わります。若い方と高齢の方で考え方が違う部分もあります。だからこそ、開始の時期や薬の選び方は、主治医の先生と相談して決めるものです。この記事を読んで「早く始めたほうがいいなら催促しよう」と考える必要はありません。「生活のなかで、いま何にどれくらい困っているか」を具体的に伝えることが、いちばん役に立ちます。
レボドパを支え、補う薬たち
治療では、レボドパ以外にも役割の違う薬が使われます。診察室で名前を聞いたときに「ああ、あの役割の薬か」と分かるように、働きの種類でざっと整理しておきます。
- ドパミンの受け手を直接刺激する薬(ドパミンアゴニスト)——ドパミンそのものを補うのではなく、ドパミンを受け取る側を刺激して働きを起こす薬です。効き方はレボドパよりおだやかですが、作用している時間が長いという特徴があります。
- ドパミンの分解を抑える薬——せっかく作られた(あるいは補われた)ドパミンが分解されるのを抑え、働く時間を長く保とうとする薬です。
- レボドパが届く前に無駄に使われるのを防ぐ薬——レボドパが脳に届く前に体のなかで変化してしまう分を減らし、効き目の持続を助けます。
- ふるえに対して使われる薬——ふるえが目立つ場合に選ばれることがあります。高齢の方では、慎重に使われる種類のものもあります。
- すくみ足や、薬の効き目の波に対して使われる薬——歩き出しにくさや、効いている時間の変動を和らげることを狙った薬もあります。
これらは「上位・下位」の関係ではありません。症状の内容、年齢、生活の形、ほかに飲んでいる薬との関係を見ながら、組み合わせを作っていくものです。ですから、同じパーキンソン病でも、処方の中身は人によってかなり違います。「あの人と薬が違う」ことは、心配の理由になりません。
また、飲み薬での調整が難しくなってきた場合には、薬を安定して届ける方法(貼り薬や注射、チューブを使った投与など)や、第4回で触れた脳深部刺激療法といった手術による選択肢が検討されることもあります。「飲み薬しかない」わけではない、ということも知っておいてください。
効いている時間、切れる時間──「薬の波」と付き合う
治療を続けていくと、多くの方が経験するのが薬の効き目の波です。第2回で「症状は同じ一日のなかでも揺れる」とお伝えしましたが、その大きな要因がこれです。
よく使われる言い方が二つあります。薬が効いて動きやすい状態をオン、効き目が薄れて動きにくい状態をオフと呼びます。治療を始めた当初は一日を通して安定していたのに、年月がたつと「次に飲む前に効き目が切れてくる」と感じるようになることがあります。これをウェアリング・オフ(効き目の目減り)といいます。
もう一つ、逆向きの変化もあります。薬が効いている時間帯に、自分の意思とは関係なく体が動いてしまうことがあり、これをジスキネジアと呼びます。ご本人は気づいていないのに、周囲が心配して気づくこともあります。
こうした波が出てきたとき、大切なのは「薬が悪くなった」と考えないことです。多くの場合、飲む回数やタイミング、組み合わせを調整することで、波を小さくする工夫ができます。ただしその調整には、いつ・どのくらい効いていて、いつ切れるのかという情報が不可欠です。ここでも記録が力を発揮します。
もう一点、実践的なことをお伝えします。レボドパは、食事の内容やタイミングによって吸収され方が変わることがあると知られています。「食後に飲むと効きが遅い気がする」といった感覚は、思い込みではないかもしれません。ただし、これを理由に自己判断で食事を極端に制限したり、飲む時間を勝手に変えたりしないでください。気づいたことをそのまま主治医の先生や薬剤師に伝えれば、安全な調整の方法を一緒に考えてもらえます。食事との関係については、第7回でも取り上げます。
副作用も、飲み忘れも、「伝える」ことが治療の一部
薬には効果があり、同時に副作用の可能性もあります。ここを隠さずお伝えするのが、この媒体の姿勢です。ただし、これは怖がらせるためではありません。知っていれば早く相談でき、多くは調整によって対応できるからです。
とくに、ご本人からは言い出しにくい代表的なものを挙げます。
- 強い眠気——日中に急に眠気が来ることがあります。運転や機械の操作をされる方は、必ず主治医の先生に相談してください。ここは安全に直結します。
- 実際にはないものが見えるなどの症状——恥ずかしさや不安から黙ってしまう方が多いのですが、これは伝えるべき大切な情報です。「おかしくなった」のではなく、薬の影響や病気の経過として起こりうることです。
- 買い物・賭け事・食べること・性的な行動などが自分で抑えられなくなる——これは衝動制御障害と呼ばれ、薬の影響として起こりうることが知られています。ご本人が「意志が弱いせいだ」と思い込んでしまい、ご家族も原因が分からず関係が壊れてしまう——これは本当に痛ましいことです。薬の影響である可能性があり、調整によって改善しうるということを、ご本人とご家族の両方に知っておいてほしいと強く思います。
- 立ちくらみ、吐き気、便秘、足のむくみ——こうした体の変化も、遠慮なく伝えてよいものです。
そして、絶対にお伝えしておかなければならないことがあります。自己判断で薬をやめたり、量を減らしたりしないでください。パーキンソン病の薬を急に中断すると、まれに高熱や強い筋肉のこわばりを伴う重い状態を引き起こすことがあります。「効いていない気がするから」「副作用がつらいから」と感じたときも、まず主治医の先生に相談する——これが原則です。
そのうえで、薬を最大限に活かすためにご本人ができることを挙げます。
- 飲んだ時間と、体の状態を記録する——動きやすい時間帯、切れてくる時間帯。これが調整の材料になります
- 飲み忘れを正直に伝える——隠すと、薬が効いていないのか飲めていないのかの判断がつかなくなります。責められることではありません
- お薬手帳を一冊にまとめる——ほかの科で処方された薬との組み合わせは、とても重要な情報です。市販薬やサプリメントも含めて伝えてください
- 気になる変化は、次の診察まで待たずにメモしておく——診察室では思い出せないものです。メモがあれば、限られた時間を有効に使えます
まとめ──ここだけは押さえておきたいこと
- 薬の狙いは、足りないドパミンを補い、その働きを助けること。ドパミンそのものは脳に届かないため、材料であるレボドパが使われる
- レボドパは治療の中心。「長く使うと効かなくなるから遅らせるべき」という考え方は、現在では支持されていない。ただし開始時期や薬の選び方は人によって異なり、主治医の先生の判断が必要
- 役割の違う薬を組み合わせて治療を組み立てるため、処方の中身は人によって大きく違う。「あの人と違う」ことは心配の理由にならない
- 効き目の波(オンとオフ、ウェアリング・オフ、ジスキネジア)は調整で小さくできることが多い。そのためには「いつ効き、いつ切れるか」の記録が不可欠
- 眠気、見えないものが見える、衝動が抑えられないなどの副作用は、伝えれば調整できる。とくに衝動制御障害は本人の意志の問題ではない
- 自己判断での中断・減量は危険。つらいときも、まず主治医の先生に相談する
薬の話は難しく感じられるかもしれませんが、あなたが覚えておく必要があるのは、実は多くありません。「困っていることを具体的に伝える」「記録を持っていく」「自分で調整しない」——この三つだけで十分です。あとは、専門家と一緒に組み立てていけばよいのです。
参考情報
- 難病情報センター「パーキンソン病(指定難病6)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/169
- 日本神経学会「パーキンソン病診療ガイドライン2018」https://www.neurology-jp.org/guidelinem/parkinson_2018.html
※本記事は情報提供を目的としたものであり、個別の治療方針を示すものではありません。治療や生活上の判断は主治医にご相談ください。